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>勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなしノムさんの言葉ですが将棋にも当てはまります。サッカーのオウンゴールも含め結果が全てです。
見方は人それぞれで色んな意見があって当然なのだけれども・・・・・・
例えば藤井聡太さんが生まれていなかったら、将棋というものがこの世に生まれてなかったら、将棋というものに巡り会っていなかったら、タイトルが七冠から八冠に増えていなかったら、八冠は誕生していなかったわけです。
そのような自分だけではどうしようもないものを総称して「時の運」と言っているわけです。今日の朝刊にも大きく取り上げられていたが、その中に今後の将棋熱という記事もあった。
藤井八冠があまりにも強すぎて、誰が挑戦しても歯が立たないとしたら面白さも半減だろう。
仕方がないとはいえ確かにそういうことは起こるのだが、ではどういう構図が良いのかを考えてもらいたい。10人も20人もタイトルを取れる可能性の人がいて、8人が8つのタイトルを分けあい、人がコロコロ入れ替わる。
それではどんぐりの背比べで誰がタイトルを取ったとしても面白くも何ともなく当然わかない。
ならば二大巨頭のライバル対決というのはどうか?
これにしたって、いつも片方がタイトル保持者で片方が挑戦者だったら、いつも同一カードで興味は半減する。
藤井さんみたいな超新星が現われて次々と歴史を塗り替える、
そんなことでもない限りはどんな構図も難しい。八冠が実現したわけだが、ボーっとした心境というのが今の私である。
何故だか知らないが、羽生七冠が誕生した頃のことをしきりに思い出されてならない。
手に入れる寸前で逃し、6つ全てを防衛し再挑戦して手に入れる確率が1000分の1を越えていたこと。
(両者同じ実力ということでの計算だが)
当時野球の落合選手が三冠王で、どうしたら七冠取れるかを羽生七冠に尋ねる、
お祝い企画だったのか何だったか覚えていないが「将棋世界」にそのような川柳を送ったら採用され、テレホンカードをいただいたこと。八冠のお祝いコメントを羽生九段が贈っているが、実現の要素をいくつも挙げている最後に「時の運」というのがあった。
例えば谷川九段のケース、チャイルドブランドといわれる羽生世代の軍団の登場が後10年遅かったら谷川七冠が誕生していたかも知れない。
そんな大きな意味合いまでをも含めての「時の運」だが、そういういくつものものに恵まれないと八冠は中々誕生しない。
王座さえ手に入れれば八冠だったが、今シリーズはとにかく苦戦続きで、結果だけを見れば天が味方したとしか思えない。何かまだボーっとしている。
良い体験をさせてもらったので何かちょっと高いものを買おうかと思う。
こういうのが経済効果なんだろうなあ。世紀の大一番に藤井挑戦者の地元は大盛り上がりとのこと。
メニューも何と「発汗勝つカレー」とのことで笑った。
号外が出るか、はたまたストップがかかるか。それにしても序盤の時間差が凄い、永瀬王座が4分しか使ってないのに対し、藤井挑戦者は2時間以上。
どのタイミングで永瀬王座が考え出すかはわからないが、準備もそうだけど先手番というのも大きいんじゃないかな。
この前高見棋士だと思ったけど言ってたもの、相居飛車だと先手番の方が的が絞れてその分深くまで研究しやすいようなことを。国内に置いては処理水の安全性への疑問の声も上がったでしょうが、
ヤリ玉にあげられるとしたら、約束破りの方だと思います。
理解を得られてからと言ってたのに平気で破る政府の姿勢は、色んな物事において今後も起こりうることなので、国民からすると「約束破りは許せない」ということで大きな声となった可能性はかなりありましたけどね。
(当然ながら、安全なんだから理解が得られなくても問題ない、ということにはならない)処理水は人体にかかわることなので問題としても大きい。
そういう大きな問題なのに平気で約束を破り強引に実行される。
これは怖いですよ。>ジャニーズ性加害が騒がれていますが何だかなぁ!?
>LGBTの隠れ蓑にも感じられますしそうですか、どんな人達だか知らないけど、LGBT問題から人々の目を意図的にそらす目的で騒ぎを大きくしているようにも感じますか。
私は全く感じませんけど。処理水排出問題、住民(とくに漁業関係者)の理解が得られてからの排出ということでしたが、理解を得られないまま強引に決行しました。
となれば国内からは当然ながら非難の声が高まるはず。
ところが中国がすぐに反発、電話問題などもあり、すっかり敵になったおかげで目が中国に向き、国内からの反発の声はほとんどなくなってしまいました。
(中国が非難したために、日本国内では「正当だ」というしかなくなってしまったのが大きい)
これを、国内からの反発の声をなくすために、わざと中国が敵になるように仕向けたのなら、策士としては見事なものですが、これは単に結果論に過ぎないのでしょう。ジャニーズ問題で結果的にLGBT問題がどうなったかは別にして、ジャニーズ問題はジャニーズ問題でしょう。
それが隠れ蓑がどうのと思ってもらえたなら、LGBT問題からもジャニーズ問題も目が反らされ「何だかなぁ!?」と言ってもらえて、策士がいたとするならば、これが一番の「してやったり」の姿でしょう。
そんな策士はいないでしょうけど。テレビはワクチンの負の部分を取り上げず公平でないと批判する。
そのように批判するのなら二人は公平なのでしょうねとなるところだが、二人からは負だとの主張しか発信されてこない。それに加え、プラスとされる情報があったとしても、二人のフィルターを通って発信されたならば・・・・
例えばノーベル賞関連のワクチン情報だが、ノーベル賞への否定、多くの人を助けたという情報も「そんなもの」となって発信されてくる。私なんかは、テレビを批判しているけど自らはそれ以上の偏った発信をしているのにと、どうしても思ってしまう。
もっとも、メディアには公平が求められるが、個人には求められてはいない、という部分も忘れてはならないわけだが。将棋のルールに準ずるとはいえ、そこにこのような特殊なルールを加えたならば、それだけでゲームがスムーズに進むとは到底思いません。
不備を見つけつつ改善ルールを追加していかないことには使えないでしょうけどね。
でもちょっとやってみて適したルールを追加すれば、それなりに遊べると思いますけどね。>そのままではゲームとして成立しない。
>成立したものがついたて将棋である。このゲームの特徴は両者が同時に指すということだけですが、
ついたて将棋は、相手の陣地が見えないだけで、交互に指しているんじゃないですか?
両者が同時に指すというのが、ひとつしか書かれていないルールの肝なわけですが、
この条件をクリアしていないので、成立しているしていない以前に対象外のゲームだと思いますけど。非常にくだらないが面白そうなゲームを思いついた。
他のトピックで後出しじゃんけんの話題が出たが、相手の手の内を見てから決めるものは色々有り、将棋もそのひとつだ。
そこでひらめいた、両者同時に指すことにしたら面白いのではないかと。
(紙に差し手を書くのが良いかな)
相手が何を指して来るのかわからないというのがポイントなんだけど。じゃんけんは同時に出すもの、なのに相手の手を見てから出すと後出しじゃんけん。
よって本来同時に出さなければいけないのに、相手の手の内を見てから出すと後出しじゃんけんということになる。
だけど最初から後から出ると決まっているものは、同時に出さなくてはいけないじゃんけんとは最初から別物。後出しじゃんけんをどういうものと捉えて言ってるのかはわからないけど・・・・・・
誰かが何かを言う。
それに対してほかの誰かが言う。
それが対話の基本ですが、相手の言った内容によってそれに対する答えも当然変わってきます。
相手の言った内容を聞いてから答えているじゃないかといわれればその通りですが、それが後出しじゃんけんかと言われれば?マークが付きます、対話とはそういうものですから。
(対話じゃなくて出されたテーマに対して意見を言う場合も同じ)反論も同じだが、ただしそれは一人デモのようなもの、賛成だったらデモをする必要もなく、あえて賛成だと声を上げる必要もない。
(変える必要がなくそのままで良いのだから)
だから結果的に形として表れるのは反論のオンパレードということになる。>どうも話がかみ合わないと思ったら、それもそのはず。なぜならテレビ信者はyoutubeを見たことがないからです。
なるほどそう推測しましたか、掲示板に書き込むツールとyoutubeを観るツールは同じなんですけどね。
そういえばテレビですが、今日mRNAワクチンの開発者2人がノーベル賞を受賞したというニュースが流れていたよ。
勘違いでなけれ2000万人だか800万人だかの命を助けたっていってたけどね。
それだけワクチンに興味があれば当然知ってるニュースだとは思うけど、旬なのに書かれていなかったから一応書いておくよ。
youtubeのニュース情報も、多くはテレビに流れたものをそのままアップしているだけだからすくに見つかるはずだよ。テレビから流れてくる情報に対してあまり考える事もせずに受け入れてるとしたら、それでこれまで大丈夫だったしそれだけ安全な情報が多いと思ってるということでしょう。
対してcalvaryさんが参考にしているような媒体の情報は、そのまま信じては危ないものが多く、だから正しいのか間違いなのかをいつも考えて判断しなくてはいけないということなのでしょう。
そのような危険な情報がいつも身近に氾濫している結果、うその情報をすっかり信じてしまっている人の何と多いことか。
と思ったりするけどね。>テレビ見る人は自分で考える能力が少なく、相手を信用するので将棋が弱い人が多い気がする。
なるほど、calvaryさんの思考が端的に表わされていて素晴らしい。
これまでの一連が推理小説だとしたら、この解なら筋も通っているし納得しました。「生物が生き抜くための知恵(本能)」
テレビ局には色んな情報が入ってくるが損得で分けると、
得になる情報、損になる情報、得にも損にもならない情報の3つになるかと思う。
損得が絡まないものを中心におけば、得になる情報がより強くアピールされる一方、損になる情報は小さく扱い、時には発信しないなんてこともあるだろう。
では何故そんなことをするかといえば、テレビ局が会社であり、それを運営しているのが人間(生物)だからです。どんな生物も生き抜くための知恵をもっており、それがどんな知恵かといえば、自分に得なことはするが、損なことはしないという知恵です。
それは人間も同じですし、会社や国といった群れになった場合も同じで、得になることはやっても損になることはやらないのです。それはテレビ局だけではありません、どんな会社もそうですし、1個人でも全く同じです。
新聞や雑誌、SNSに書き込まれている情報も例外ではありません、発信側の損得の上で出来上がっています。
例えばそれがここの掲示板だとしても全く同じ、主張したいことは書いたとしても、反論され耳が痛いことを書かれたならば、そこには何も答えずスルーする、なんてこともよくあることです。人が発信している以上、そこには必ず損得が絡んでいるのよ。
それをテレビ局だけをそのような目で見ているとしたら、何とおろかなことか。calvaryさん
同じ言葉を繰り返すことになるけど・・・・・
テレビからは膨大な情報が流れ出ている、
その中のごくごく一部だが例に取れば、その日に起こった事件や事故、スポーツの結果など。
それらは、テレビから流れる情報が本当な訳がなわけがなく、これらも嘘の情報の集まりだということですか?
そうではないでしょう。
それを自分の主張に都合のいい部分だけを取りあげて、テレビから流れる情報が本当な訳がなわけと結論付けているだけです。スポーツの結果が正しいという理由でテレビの情報が正しいと結論付けたとしたら、そんな馬鹿なと笑えるでしょう。
それと同じでcalvaryさんが挙げたことを理由に、テレビから流れる情報が本当な訳がないと結論付けたら、それもそんな馬鹿なと笑えるでしょう。七回の実施に関しては、実施はしているけど接種は各自の自由意志なので、接種の現状というものはまた別。
そんな中で、あくまでも七回実施したということを重要ポイントとしてるのか、それとも実際に接種が行われた回数を重要ポイントとしてるのかでも違う。
七回実施したということが重要なら実際の接種率がどうだったかはどうでもいいことだし、実際にどうだったのかが重要なら七回実施という部分にこだわる必要はない。41飛が指された時の評価値は50対50くらいだと思いました。
(あとで書くけどこの評価値があてにならない)
その後、将棋の作りが大きく影響してたと思うけど数手で一挙に80対20ぐらいまでいって藤井挑戦者に傾きました。
(この辺りの強さが大きい)この場合の評価値が当てにならないのは、何故か知らないけどそれまでの読みをなかったことにして1手ごとに最初からまた読み込ませているから。
終盤をみていると1手指すごとに最善手がコロコロ変わるし評価値も安定するまでに時間がかかる。
そんな状態で41飛が指されたわけだが、それに対して藤井挑戦者はたぶん20~30秒くらいで6五角を指してる。
そうなると当然4一飛の評価値が安定する前に6五角の読みに切り替わるので、4一飛の評価値がいったいどれくらいのものなのかはあまりにも読む時間が少なすぎてその時点ではわからず、あてにならなかったりします。> 七回目 実施しているところ 他国に有りましたっけ?
そもそも他国のそのような情報はほとんど入って来ていないでしょう。
入ってこなければ当然耳にも入らずわからない。>浸食されているテレビが本当な訳 ありません。
>↑calvaryさんがほのめかす ほんのほんの一端。
リンク先を見てもしかたがないので見てはいないが・・・・・
何を理由にテレビから流れる情報が本当な訳がないといっているのか?
テレビからは、ニュース、天気予報、その他日々多くの情報が発信されている。
新型コロナやそのワクチンに関してだけをとってみても、これまでに膨大な情報が発信されてきてもいる。振り込め詐欺がなくなっていないのも事実だし、テレビで何かが有効だと発信すれば、およそ効き目のなかろうものに飛びつくということもあったろう。
しかし、それはどれくらいの人がそのような行動を取った?
高齢者で振り込め詐欺の被害にあった人の割合はどれくらいだ?テレビしかり、ワクチンしかり、高齢者の振り込め詐欺しかり、全体から見れば圧倒的に少ないのに、その少ない中から批判に適した部分だけをチョイスし、それを理由に結論付けているだけだ。
テレビはというのなら、そんな偏った情報の一部ではなく、テレビから発信されている情報を総合的に見て判断するのは当然のことだ。それは仕様です。
自由対局は正常に対局を終了しても、自分が✕ボタンをクリックして閉じればもう棋譜は再現出来ません。
(レーティング戦のように自動的に棋譜がバックアップされる仕様ではないので)
ですので自由対局で棋譜を残しておきたかったら閉じないことが重要です。ちなみに、閉じなければ相手の通信が勝手に切れてもそこまでの棋譜は再現することが出来ます。
「八冠制覇まであと1勝」
ついにここまで来ましたね、
これが如何に凄いことなのか、凄さについて書きたいことは沢山あるが、
いくら書いても満足出来そうもないので省きますが・・・・・それにしても永瀬王座の強さには驚かされた。
これまでの経緯から、タイトルに挑戦さえすればタイトルは奪取したも同然と思っていたが。
蓋を開けたらどれもが押されっぱなし、3連敗で終わっていても全く不思議ではない内容でした。
(そこを2勝1敗としているのは終盤力あったればこそだが)第4局は永瀬王座の先手番だし、星の上で有利だとはいえ、ここまでの対局内容だとどうなるかはまだまだ予断を許さない。
>未だに振り込め詐欺がなくならないのは、高齢者に学習能力がない証拠です。
高齢になると脳や身体など色んな機能の衰えが顕著に出てくるわけで、それはcalvaryさんも例外ではありません。
>コロナにホタテが効くと言うニュースが流れれば、何も考えずにスーパーに並ぶんじゃないかなw
calvaryさんも高齢になったら同じようなことをしていて、笑われてる可能性も十分あります。
もっとも、多くの人は高齢になれば機能が落ちることは知ってるし、自分がそうなるかも知れないことも知ってます。
だからそんなことを笑うようなことはしませんけどね。>31歩で何が問題なのか?
>誰か強い人教えて下さい。おろかというか、ゆがんでるというか、そんな呼びかけですね。
何故3一歩で問題ないと思ったのか?
藤井挑戦者がうなだれていたこと、その他いくつかの事柄から
AIの評価値を知っていてそう思ったと推測されます。
(その後の手を読んで問題ないと判断したわけではない)その時にAIは最善手を3一歩とし96対4で永瀬王座有利を示していたわけだが、
AIにかなう人間はいないことを知った上で人間に呼びかけるとは・・・
やはりどうしても、おろかでゆがんでいると思えてきてしまう。永瀬王座は△3一歩、▲4三銀以下のやりとりに不安を持っていて△4一飛を選択したわけで、
直後の感想戦で真っ先にそこを指摘しており、藤井挑戦者の口頭でのディフェンス手順に納得していました。
永瀬王座は4一飛を数分あった残り時間を全てつぎ込み指しています。
終盤はどうしても持ち時間の少ない中で戦わなくてはいけない。
ある程度を読むだけの時間が許されたのであれば、たぶん3一歩を選択していたと思います。テレビ局が何故コロナ後遺症についてこのタイミングで放送したのか?
推測だがいくつかの要素が複合してのものだろう。①現在第9波の中にある
②1~2割がコロナ後遺症に悩まされているという実態がある
③10月から有料化となり最高9000円がかかるパッと浮かぶのはこの3つだが③は特に意識してのものと推測する。
処方薬として高額のものを提案されたらどうするかがポイントだ。
現在の症状がそれだけひどかったら提案を受け入れるだろうが、軽症だったらどうする?ここで考えなければいけないのは、何故にそのような高額なものを提案されたかだ。
それは、その人が重症化リスクのある身体の持ち主だからだろう。
重症化リスクがあるとはいえ重症化するとは限らないし、コロナ後遺症に悩まされるとも限らない。
仮にその可能性が1~2割だったらどうする?
大丈夫な可能性が8割以上もあるのならそちらに賭けるか?
仮に処方薬を飲んだとしても、これで絶対大丈夫というものでもないし。危険性と金額を天秤にかけて判断するわけだが・・・・
そんな時の判断材料として、このようなケースもあるということで放送したのだろう。ちなみに、これまでに多くの人がコロナで亡くなったわけで、死から無症状まで色んな人がいることを学んで知っている。
となれば、この二つの間に色んな症状の人がいるくらいは容易に推測出来るわけで、このようなコロナ後遺症を報じたところで今更驚く人はほとんどいないだろう。>六夢Ⅱさんがドーピングし、ルール次第(持ち時間)では数パーセントはあるでしょう。
持ち時間のルール次第で数パーセント?
そのような変則ルールなら数パーセントなんてケチなことを言わないで1分あれば100パーセントに近く勝てるよ、藤井聡太竜王・名人の持ち時間が1秒切れ負けならね。だけど100パーセントに近く勝てるといっても何にもならん、実力を比較するのなら対等に戦ったらどうなるかという所を最重要視しないと。
それはコロナ後遺症と診断されたものも同じで、コロナ感染でこうなった可能性が一番高いからコロナ後遺症と診断されているのに、そこには目もくれないでワクチンといっても何にもならない。
変則ルールを持ち出して数パーセントはあるといってるのと発想は全く同じ。>だって手足が動かないのはワクチンのせいかもしれないからです。
それって私が藤井聡太竜王・名人に平手で勝つかも知れない可能性よりも低いだろうけどね。
>↑
>幾ら風さんが有意義な情報をアップしても、テレビに洗脳されてる人には馬の耳になんとやらです。
>無駄無駄無駄ーーー。その情報を読んでどう思うかに読んだ人のスタンスが自然に出るのが面白いところ。
それが自分に取って有意義だったとすれば、アップされた情報が無駄だったとは思わないはず。
アップの無駄を強調してるからcalvaryさんにとっても、アップの必要性のない、いらない類の情報なんでしょうね。>これは、一九三一年九月十八日のあの事件(日本側では「満州事変」)、そして日清戦争後の一八九五年に台湾を奪われた
>(福建は台湾の対岸にある)事を永遠に軍および人民に銘記する、そういう事なんですよ。恨み辛みを子々孫々未来永劫に残す。
その結果新たな不幸が生まれることはあってもそれが良い結果を導き出すことはない。
恨みが新たな恨むを生む、それが人類の争いの歴史なんですけどね。歴史を伝え残そうとする場合、そこには伝える側の意図がある。
例えば太平洋戦争、戦後生まれが多い日本だが、多くの人はこの戦争のことを知っている。
それは学校の歴史の授業で学ぶという瞬間的なものではなく、夏になると毎年テレビで放送するというように、継続的に情報を流し続けているから。
では何故そんなことをするのかといえば当然ながら伝える側の意図があるから。
戦争という悲惨な出来事があったことを伝えることで、二度と同じ過ちを起さないようにしましょう、という思いが込められている。
情報の発信理由としては、ここが一番大きいだろうと思う。それでいえば当然ながら中国の90年前の出来事を伝え続けるにもそれなりの意図があるわけだ。
伝えることでどういう感情を持たせようとし、どういう感情を持ち続けることを良しとしているのか。>皆さん、お分かりですか。
>今でも中国人民は忘れてないんですよ。当時のことを忘れないでいられるのはリアルタイム経験者だけですが、90年前の出来事ですので%的には本当に少ないはずです。
それを多くの人が知ってるとすれば、それは今日までずっとその情報を流し続けて来たという証でしょう。
「忘れてない」というのは「何も手を加えてないのに覚えている」ということ。
でも実際は真逆で、何も知らないところに知識として一生懸命刷り込ませたということでしょう。>当地でも香港TV台(ホンコンのテレビ局)を通じて、岸田改造内閣の事言ってたんですが、
>直訳すると:「日本総理岸田文雄が、【女性の活躍できる社会】を謳(うた)って、
>女性が一人も閣僚にいない改造内閣を作りました」との事です(海外、少なくとも香港マカオでの岸田氏の評判)実際は過去最多に並ぶ5人の女性官僚が誕生したわけですが、それを一人もいない内閣を作ったと報じるのは凄いですね。
こういう事実を知ったら、どんな報道も果たして本当のことなのかと信じられなくなりますよね。
解釈ならテレビ局によって違うとか、国によって違うってこともあるけど、これなんか完全に数字だもの。詰将棋の手筋を学ぼうとは思わないが、人気のある本なので手に入れたい。
マニアにはよくあることで、所有できればそれで満足というタイプの棋書なのでしょうね。棋書には手筋本が山ほど出版されています。
駒別の手筋物もあれば、寄せ、受けの手筋物、美濃崩しのような手筋物もあります。
やみくもに将棋を指してそれで強くなろうと思ったら多くの労力がかかります。
手筋物の本を読んで実戦と併用すれば労力は格段に減ります、なので手筋を覚えることを推奨しているわけです。詰将棋を解くことに置いても全く同じことがいえます。
やみくもに問題を解いていくのと、詰手筋が書かれた本で知識を入れつつ解いていくのでは詰将棋を解く速度が全く違ってきます。
「詰将棋を楽しむ本」(村山隆治著)の冒頭「詰将棋の勉強法」にも
”ただ手当たり次第の着手に飛びついていても、労多くして益の少ない結果になるばかりです。」とあります。
この本も中身はほとんど「詰将棋教室」と同じで詰め手筋を分類して紹介しているわけですが、詰将棋を解くことに置いて、
詰め手筋を学ぶことが如何に重要なことかを伝えている言葉かと思います。>治療薬の一部自己負担のため、処方断る人が出てくる懸念があります。
そのような心配は無用だと思いますよ(その人の勝手だから他人が心配することでもないけど)
病院に行くということは、それだけの症状が出て「これは医者に見てもらった方が良い」と判断した場合です。
それでコロナと診断され、症状をやわらげる薬を処方される。
普通は出される薬にお金がかかりますよ。
それがこれまで無料だったとして、他の病気と同じように有料化された。
それを無料でないことを不服として、処方薬を断り薬を使わずに苦しみに耐える。普通はそんなことはありません。
患者にとって重要なのは無料なのか有料なのかではありません、症状を和らげてもらうことです。>これじゃダメ。
>これ聞いて「ああそうですか、分かりました」っていうのが、日本の感覚。「今回のケースで自動音声の内容を聞いてもらえてば分かってもらえる」という感覚は日本にはないと思いますよ。
それは東京都も同じだと思います。
自動音声に切り替えることで少しでも早く通常業務に戻れるわけで、その為の対策に過ぎません。受話器を取った方が迷惑電話だと感じた場合、相手に分かってもらおうと思うのか?
普通は分かってもらおうなどとは思わない、すぐに切りたいと思うのが心情でしょう。
しかし役所的に勝手にすぐ切るのが難しい場所なら、自動音声で対処するというのも有益な方法でしょう。では一方的に自動音声に切り替えられた方はどうでしょう?
普通は馬鹿馬鹿しくてすぐに切ります。
東京都としてはそれで全く構わないのです、分かってもらおうと思っている側が自動音声にするなんてことは有りえず、単に業務に戻るための一手段に過ぎないのですから。最初に戻りますが、「自動音声の内容を聞いてもらえば分かってもらえる」という感覚の人は日本には少ないと思いますよ。
多くの人は通常業務に早く戻るための一手段としか見てないと思いますよ。私は風さんの書いたものを軸にして自分の思ったことを書いてるだけです。
棋戦に関して自分自身は特別に思うことはないので、誰かが書いてくれないと、心が反応せず書けないわけです。
私の書込みはその程度のものですので軽く見てていただいて結構、0グラムで構いません。竜王戦は何故に自動参加でも不満の声が出ないのか?
それは多くの人が短期で棋戦から離れるからでしょう。
それを逆から見ると、短期で離れるシステムこそが、大人数の参加を可能にするポイントだったといえるかと思います。名人戦の方は期間がとにかく長い、そこが大きなポイントです。
予選が1ヶ月で12日間、決勝も同じくで、どちらも対戦相手というのが決められている。
参加している人からすればその重さが魅力なのでしょうが、ハードな期間がそれだけ続くとなれば中々入ってはいけないでしょう。早指に関しては、そんなに重いものを背負い続けているのに、大事な対局が満足に考える時間もいただけないのでは本末転倒だと思いますよ。
新棋戦を作るとした場合、ポイントとして考えるのはまず参加人数でしょう。
竜王戦は自動参加という部分もあって参加者は10000人ほどいた、対して名人戦は500人ほど。
ここから推測出来るのは・・・・・・
名人戦も自動参加だったら対象者も10000人ぐらいはいるのではないか。
でも実際に参加してるのは500人ほどで5%の人しか参加していない。それで・・・・
正月の名人戦は伝統もあり愛着のある人も多いだろうから人数が減っても続けてるというのは心情的にわかる。
しかし新しい棋戦を作ろうとする時に、5%の人しか参加しようと思わないスタイルの棋戦を何故にあえて作ろうとする?
それはありえないでしょうし、自動参加には異論がある人もいるだろうが、それとは桁違いの人が参加する棋戦が出来たということでしょう。議論が必要となるのは、棋戦を作成する側が複数人いて、異なる棋戦案が出た場合で、それをまとめなければいけないときであり、ただの棋戦参加者同士が集まって、棋戦に対し議論が必要ということはないと思います。
夏の名人戦は次の夏棋戦までのつなぎの予定で行われていたもので、実際にそうなったということだと思います。
夏開催に関しては「当面」とありますので。意見はひとそれぞれなので色々な意見があるわけだが・・・・・
振り回されているかどうかは、傍からみてそう思えるというものと、本人がそう思うというものに別れるかと思います。
傍から見てのものは「余計なお世話」的な要素が強く、本人は楽しんでいるかも知れないし実際のところはわからない。
となると大事なのは本人が振り回されたと思ったのかどうか。
では振り回されてしまい失敗したと思ったらどうするか?次は同じ失敗をしないようにと思うでしょう。
結果として次は振り回されないから大会が続いても大丈夫。
またそう思っていたのにまた同じ失敗を繰り返したとするならば、それは大会のせいではなく本人のせいでしょう。よって振り回されるに関しては心配いらないように思います。
「最近時々使っている後手番の指し方」
▲7六歩△3四歩▲2六歩に△9四歩が最近時々指している手。
狙いだが角交換四間飛車を目指しており、その前にこっそり端歩を突き越せたら得だろうというもの。
この手に対しては用心して▲9六歩とする人と手抜く人が半分ずつくらいの割り合い。利点としては端歩が突き越せれば終盤戦で大きい。
気にしなくてはいけないのは・・・・
後手番の上に序盤早々のんびり端に2手をかけているのだからそれが立ち遅れで響いてこないように。
端を詰められたら相手は角交換系の将棋でも穴熊を目指す確立はあがってくる。
角交換四間飛車の攻め口として逆棒銀があるが、端を取ると持久戦時に威力を発揮するので、若干そのような指し方はしにくくなる。とはいえ戦法としては結構面白い。
「ちょっと研究してみた」
初手6八銀、これは上の方で書いたが嬉野流と中飛車の両狙いだが、8四歩とされたらどうするか?
以下7六歩と指し、8五歩でも3四歩でも7七角と上がり振り飛車をめざす。
この手に対して、3四歩もしくは8五歩なら手順こそ違え同一局面。
なのでわかりやすくこの局面に進んだとする。ここで私がやりたいのは中飛車、となれば5八飛か5六歩だがどちらにも気になる手がある。
5八飛には7七角成同銀のあとの4五角が角成を防げないので嫌味。
ならば5六歩だが7七角成同銀5七角がある。そこで5六歩をもう少し先まで調べてみた。
角交換をされての5七角には6六角と打ち返し、これは取る一手なので同角成同歩と進む。
そしてふたたびの5七角には6八角がありそれで受かっている。
しかし今度は開いた6七の地点に角を打つ手がありそう。
だがその手にも7八角と打てば角が消せて問題ない。
その結果として後手は手損だけが残るので5七角は無理そうだ。ということで5六歩と指してみたい。
嬉野宏明さんが採用していた相振り飛車、調べて見ると6八銀3四歩7九角型からも好んで使っていたようだ。
以下5六歩5七銀とすれば飛車が手損なして振れるということだが、如何にも形が悪く、力がないととても指しこなすのは難しそう。初手6八銀に対して2手目が8四歩なら7六歩で矢倉の出だしと同じになるが、その進行を誘っての初手6八銀はなく、8四歩には矢倉の進行で問題ないという考え方だと思われる。
もしこれが矢倉を誘ってのものなら矢倉のような重厚な指し口を好むでしょう。
しかし3四歩には急戦、乱戦を目指しているわけで、重厚な指し口を好む人には向かないように思うので。嬉野流というのは当時戦法に名前がついていたかどうかはしらないが、嬉野宏明さんか編み出した戦法で、それを奨励会の三段まで行ったが退会された天野貴元さんが棋書として有名になった戦法。
ここからは推測も入るが、嬉野宏明さんはこの棋書が出される時点で振り飛車に対しては相振り飛車を愛用していたようだ。
ということはのちに本人が棋書として出すことになるが新嬉野流も好んで用いられていたのではないか。
ただ・・・・
新嬉野流は6八銀3四歩に対して5六歩であり、これでは新戦法のインパクトとしてはかなり弱い。
そこで天野貴元さんは6八銀3四歩7九角型にこだわって棋書を書いたのではないか。
(対振り飛車に対しては天野貴元さん自身の研究手順もかなり含まれているのではと推測される)補足だが・・・・
嬉野流は初手6八銀、対して相手が振り飛車を目指すのなら3四歩が自然、
その手に対して3手目に7九角とするのが嬉野流。嬉野流は相振り飛車が構想の幹となっているということだが、7九角は相振り飛車にした場合いかにも角が使いにくそう。
だから振り飛車にも居飛車で戦ってるように思うのだが、相振り飛車にして角をどのように使うつもりなのかと思う。
ちなみに新嬉野流は角の態度を保留しているから相振り飛車にもしやすく、よって相振り飛車の構想もあるのだが。私の新戦法の捉え方は書いたとおりだが、風さんが思い浮かべる新戦法とは別物なのでしょう。
この辺りの捉え方は人それぞれなのでそこに突っ込んでも仕方がないが、嬉野流に限っては世にも知れ渡っているので、世間がどう思っているかで判断しても良いかと思います。新戦法とは言っても多くは何かをベースにしているわけで・・・・・
例えば三間飛車のトマホーク戦法などは藤井システムをベースにしているわけで、藤井システムの応用でもあるが、今まで出現してなかった新しい指し方でもあるので新戦法といっても差し支えないように思う。
これが「新戦法であるべき明確な条件」でもあれば別だが、そのようなものはないのだから、どうみるかというレベルのことだと思います。ちなみに本家が出してる新嬉野流は相振り飛車がありますけど、嬉野流は振り飛車に対してもすべて居飛車で対抗していますよ。
「補足」
▲6八銀△3四歩▲5六歩の進行は厳密には新嬉野流と呼ばれており、嬉野流は6八銀△3四歩に▲7九角と引く。
ではこの二つの手順があったとして初手▲6八銀は嬉野流か新嬉野流か?
この時点ではわからないから「どちらともいえない」となるが、指す本人がどちらかに決めていたら、初手▲6八銀の時点でどちらの戦法かを言い切ることが出来る。上に書いたことに戻るが、同じ手順や局面だったとしても、だから同じ戦法だとは必ずしも言い切れない。
その先に肝となる手を用意し、それに向って進めているのなら、それは新しい戦法としても良いような気がする。
もちろんそれは本人がどう思うかが重要で、単なる一手順として考えているだけなら、新しい戦法とはなりえないが。ちなみに初手▲6八銀は嬉野流でも新嬉野流でもなく、そのどちらかに進むための大事な指し手に過ぎない。
初手▲6八銀は嬉野流、新嬉野流以外には特に名前は付けられていないように思うが、何をイメージして指したかで全く違ってくる。「戦法名の考え方」
戦法名の考え方は人それぞれであろうが・・・・・
本日の将棋、先手が私で、▲6八銀△3四歩▲5六歩と進んだ。
初手▲6八銀は嬉野流を思わせる手で、私も嬉野流を視野に入れ、ここまでの手順も嬉野流によく出てくる手順である。
では嬉野流かといえばそうではない。
私は嬉野流と中飛車の両方を視野にいれ、結局相中飛車の将棋となった。相中飛車になる手順中で嬉野流なら違う指し方になったのかも知れないが、
初手6八銀が嬉野流一拓のつもりで指したのなら、以下のどんな進行も嬉野流からの一手順ということになろう。
しかし初手6八銀の時点で嬉野流と中飛車を視野に入れてたわけだから、私の指した初手6八銀は嬉野流ではない。初手6八銀はこの他にも雁木や向かい飛車を視野にいれて指すことが出来そう。
ここで戦法名の考え方
同じ手順で進んでいるから同じ戦法ということでもないように思う。
その手順までの戦法名があったとして、その先を深く考えてない人にとっては、以下の手順はその戦法からの一手順。
しかしその先まで考えていて、その先に肝となる手を用意し、それを視野にそこまで進めようとするなら、それは新しい戦法としても良いように思う。初手6八銀からの嬉野流と中飛車の両狙いは如何にもありそうな構想。
ゆえにオリジナル戦法とは思わないが、実は何気ない進行でもその人ならではの進行というものがあり、その総合的な進行に戦法名をつけないだけで、その総合的な進行はオリジナル的要素が強いもののような気がする。「時代は変わる」
今期棋王戦
▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀△6二銀▲2六歩△4二銀▲2五歩△3三銀・・・・以下相矢倉模様で進んだわけだが、先手がなんと増田康宏七段
「矢倉は終わった」発言で有名な増田康宏七段、確かにその頃はそれまで頻繁に現われていた相矢倉のような矢倉はほとんど姿を見せなくなっていた。
それが時代は変わり・・・・・まあ「復活」という言い方が合ってるのか間違っているのか。
ともかく、未来永劫にみたいな結論はそんなに簡単には出ない、という良い例だとは思う。 -
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