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運だったらワクチンなんかいらないよ、打っても打たなくてもどちらに転ぶかは運次第なんだから。
確率だよ。
99対1の時に1に当たったらそれを運が悪いというだけであくまでも確率
もちろんいくつ対いくつかはその人が決めることだけど。90代と70代といえば高齢なのでコロナに置いては危険な世代と言える。
とした時に、接種した方が良いか接種しない方が良いのか。これが常識的だし一番良いと思うのは、双方を比較してどちらが良いかを決めること。
ワクチンを打ったが為に重症化しなかった人、死亡しなかった人。
ワクチンを打ったが為に重症化した人、死亡した人。
どちらの方が助かる確率が高いのか?またどちらの方が危険に陥る可能性が高いのか?しっかりした数字は出てこないけど自分なりに推測して比較してみれば良いと思う。
片方側の情報だけを信じて、ワクチンを打たなかった結果、重症化したり死んでしまったらどうしてくれるんだ。
ワクチンを打った結果、重症化したり死んでしまったらどうしてくれるんだ。
どうもしてくれない、片方側からだけの情報を信じた自分を恨むしかない。情報を発信してる人はそこまで深く考えて情報を発信してるわけではないが・・・
ワクチンを接種するかしないかというのはこれを読んでる一人一人にとっても極端に言えば命にかかわる問題だからね。
ここを見てどちらかを選択する人もいるかもしれない。
そう考えると、どちらかを押してる場合はかなり責任重大だと思う。昨日の棋王戦で羽生九段が広瀬八段に勝ちベスト4に進出しました。
次の相手は既にベスト4に勝ち上がっている伊藤匠五段、
こちらは現在最年少で若手の中でも一番注目されている棋士と言って良く注目の一番です。そしてもうひとつの山ですが、藤井五冠と豊島九段がベスト4をかけて戦います。
棋王戦はベスト4まで行くと2敗失格という敗者復活戦がある変則ルールです。
仮にこの一戦で藤井五冠がベスト4に進出したとすれば、2敗失格ルールは大いに追い風となるでしょう。
ベスト4を目指すもうひとつの対戦は佐藤天彦九段と糸谷哲郎八段戦、
片や名人、片や竜王のタイトルを獲得した経験のある実力者、どちらが出てきたとしても遜色はありません。ここからの戦いはいずれも目が離せません。
calvaryさん
わかりました。
それだと誰でも知ってる当たり前のこととなるわけですが、
ならばあえて書くということもしないだろうと推理したわけで、
そうなると違う意味だと捉えるのが自然であり、なのでどんな意味なのかなと思ったのですが。>ところで今度のワクチンがオミクロンに対応してるなら、今までのは対応してないと考える事ができます。
どういう意味?
従来のワクチンに関しては、オミクロンに対しても重症化リスクを下げる効果がありますと日々言われ続けています。
そこから考えれば、対応ワクチンよりも効果は劣るが、接種すればそれなりの効果が得られると捉えるのが普通なのですが。平凡な日常がテレビニュースになることはほとんどない。
刺激的なものを挙げることで人々の注目を引き付けるわけだが、テレビニュースの中からより刺激的なものを選んで流すのがユーチューバー。
そしてそこでは挙げられない、より刺激的なことを発する場所も存在する。
何故そんな刺激的なことをいうのか?それは人を集めるため、そして奥に行けば奥に行くほど人は集まらなくなるから、より刺激的なことを発信せざるおえないという事情が出てくる。先日の将棋▲7六歩に△7㈣歩と突いた。
相手の人は「挑発!!」という言葉を発したのでそう思ったのだろう。
手そのものはユーチューバーを越えて一番刺激的な手に分類されるのだろうが、私自身はそんな気持ちは微塵もなかった。
将棋倶楽部24で局面検索をした時に有段者部門では後手の勝率がかなり良かった。
2手目で後手の方が明らかに勝率が高くなるという戦法はそうあるものではない。
磨けば結構使えるのではないかと試してみた次第である。
当然手将棋のような将棋になるわけだがパターンはそんなに無いように思う。
裏技として、一発勝負として使えたらと密かに磨いている。「ワクチン絡みの怖すぎるニュース」
https://news.yahoo.co.jp/articles/b4ab02ff5a4ab4e4fab540a5257dc3c8f959b0da
朝のワイドショー番組で扱っていましたがその内容が余りにも怖すぎる。
問題点は色々あるが何と言っても怖かったのがワクチンと称して何か別の物を打ったらしいということ。医者とて人間、世の中に沢山の医者がいれば、中にはとんでもなく悪い奴もいるだろうことは容易に想像できる。
しかしそれでも医者と患者は信頼関係の上になりたっているわけで・・・・・
それが全く違うものを注射するって、注射される側からすると想像するだけでもこんなに怖いことはない。推測だけど、たぶんそれがその人の正義だったのだろう、
自分が正しくて周りが間違っていると思ったからそんなことをしたのだろうが、たぶん正義に取りつかれてしまっていて、絶対にやってはいけない犯罪行為であるということも忘れてしまったのだろう。相対する2つの正義があった場合、片方は正義ではないというのが答えとなる。
しかし双方が自分の方こそ正義だと主張してそれを疑わないというのはよくあること(実際は片方が間違っているのに間違った正義に取りつかれている)
別物を注射するのは正義ではないのだけど、自分のやってることが正義だと思って注射しまう医者は怖いね。「当たり前だと思っていたことを再確認」
ギターも趣味で、公民館講座の講師をやっており、今年度は8人の新講座生も加わり、本に書いていないような初歩の初歩も教えている。
要するに基本中のキなのだが、実はそこがとても大切だったりするので、無意識に行っていたことでも、もう一度見つめ直したりすると思わぬ発見がある。
それが将棋だと・・・・駒の特性として歩はひとつしか進めないし、香は真っすぐしか進めない、というのがある。
が・・・
本当にそうなんだろうかと改めて見つめ直してみると、必ずしもそうではないことに気付く。
歩にしろ香にしろそれがもし持ち駒だったら・・・・・
持ち駒だったら話は別、一瞬で色んなところに行け、盤上の駒と比べると格段に違うことがわかる。では盤上の駒よりも持ち駒の方が優れているかというと必ずしもそうではない。
盤上にないと相手の駒を取ることが出来ない、盤上にないと守りの役にも立たない。
盤上に置かれてこそ役に立つようなところがある。ならば持ち駒は持ち駒である限り役に立たないのかと言えばそういうことでもない。
持ち駒のデメリットをいくつか書いたが、持ち駒の状態だって攻め駒や守り駒として十分な働きをしているケースも多い。
手番が回れば持ち駒を使っての詰み、相手の王手に対しては合い駒など、持ち駒の状態でも光り輝いていることがある。戦法にしろ詰将棋にしろ難易度が高くなると、覚えるだけで精一杯、詰ますだけで精一杯ということがほとんどとなる。
しかし基本中のキだったらそんなことはない。
簡単がゆえにより深いところまで潜って行くことが出来る。
どんなものにも基本のキは存在する。
いくら基本のキとはいえ、将棋を始めたばかりでは表面上のことしか理解が出来ていないということが多い。
それが本当にわかるようになるのはある程度実力が付いてからだ。
だからこそ深いところに潜って行け新しい発見に出会うことが出来る。
そして当然ながらそれはひとつの上達となり自身に取り込まれていく。通常の葬儀は「家族・親戚」と「一般客」に分かれる。
これを国葬に置き替えると「国民」と「外国からの一般客」ということになろう。国葬は国を挙げて行うものだから当然ながら国民に求めなければ不自然だ。
一番軽い求めだったら「ほんの短い時間でも良いから心の中で喪に服す」くらいのレベルだろうか。
しかしそれすら国民に求めるということが言えない国葬というのは、魂の入っていない形だけのものになってしまった気がする。
「国民に求めない国葬ってなに?」と思う。「国葬だと外国から多くの人が来て外交にとって大きなメリットになる」とよく言ってた。
「そこが大事なのか」「そんなことの為に人の死を持ち出すのか」と思ったものだ。人は良いこともするし悪いこともするものだと思う。
日本の為にと行って来たことも多かったであろう。
当日はせめて1分間の黙とうでも行おうかと思う。女性棋士さん
私は囲碁は9路盤でどんなに弱いレベルのAIと戦っても全く勝てないレベルですが、読んでわかる部分も少しあります。
〇〇道は単純にいえば、強い相手弱い相手、勝ち負けを越えて、全てにおいてベストを尽くそうとする心構えといったところでしょうか。
しかしながら時間もないのに切れるのを承知で読むというのも変ですし、棋道と短い持ち時間はどうバランスを保てば良いのか難しいです。kannjuさん
藤井五冠は強いですね、
渡辺名人の序盤作戦選択の巧みさ、豊島九段の序盤作戦の緻密さ、それらを持っても藤井五冠には中々届かないイメージがあります。
先日の王位戦第5局、2日目で藤井五冠が少しリードし終盤ではそのリードを広げましたが、両者持ち時間が少なくなったところで一瞬五分まで数値が戻りました。
しかし時間の短い場面では藤井五冠に分がありますね、終盤まで持連れ込んだら勝てないのでそれまでに決めたいところですが、将棋はどうしても終盤勝負になるので難しいです。米長さんといえば「詰むやつまざるや」と「新聞による次の1手」が有名ですね。
今「棋士ライバル物語」を読み始めたところですが、最初に登場するのは谷川さんと高橋さんです。
高橋さんがどんどん伸びてきて王位戦の挑戦者決定戦で谷川さんに勝ちその勢いで王位のタイトルを手にします。
そしてその勢いのままに谷川さんからタイトルをとり、谷川さんは無冠となり手厚い差し回しに苦手意識を覚えます。
しかしこの無冠を契機に得意だった矢倉にこだわらず色んな棋士と色んな戦法を指すようになります。
そんな中で高橋王位が薄い将棋は苦手にいうことに気付きタイトルを奪取、また立場を逆転していきます。
あの時無冠にならなかったら新しい谷川さんは生まれていなかったかもしれません。
結果によってはその後の展開が全く違っていたかもしれない、そういう節目の戦いがあったりしますね。ちなみに「棋士ライバル物語」には中原さんと米長さんも載っていて、タイトルが「君がいるだけで僕は強くなれる」になっています。
ゲームには勝ち負けが付きまとい、勝つか負けるかは大事なことではあるが、それを超越したものを持ってる人もいる。
武道や野球道があれば戦いすらない茶道もある。
それらについて共通しているのは接する人の心のありかたであろう。
将棋にも棋道があり、将棋を通じて何を学ぶのかがあったりする。
25分切れ負け、相手の持ち時間はあまりなく、このまま行けば別に攻めなくても時間切れで勝てそうだ。
そんな時に、相手の時間は関係なく局面重視で行くのか、それとも相手の時間も考慮して戦うのか。
実戦ならば当然相手の持ち時間も考えて戦うということになるが、それは棋道としてはどうなのだろう?
棋道ではどうしろと教えているのだろう?
「強い!」といわれることがあるが別に強いわけではない。
「強い!」ということもあるが、それはあくまで自分を基準としてのことである。
なので「強い!」といってもいわれても必ずしも強いわけではない。
「強い!」と言った人と、その言葉を聞いた人では、強さを測る物差しが違うから。
となると「強い!」だけではその人の棋力はわからない。
わかるのは段級位やレーティング。
それを強いと見るか弱いと見るかは判断する人次第ということになる。もっとも・・・・・
自分をものさしに強い弱いを言ってもあまり意味がないようにも思うが。
藤井五冠が王位戦を防衛しタイトル戦10連勝を果たした。
「番勝負になったら中々負けないだろう」が推測通りになったわけだが、これはある意味当たり前ともいえるのか?例えば4局戦って3勝1敗の力関係だとして・・・・
1番勝負なら弱い方が勝つ確率は4分の1これが3番勝負だとどうなるか?(私の計算だと)
弱い方が2連勝して勝つ確率は16分の1 強い方が2連勝して勝つ確率は16分の9 残り16分の6が1勝1敗。
1勝1敗の場合弱い方が勝つ確率は6÷4だから1.5 なので16分の1.5となる。
したがって弱い方がタイトルを取る確率は16分の1と16分の1.5で16分の2.5となる。1番勝負だったら4分の1だから16分の4の確率だったものが3番勝負だと16分の2.5まで下がる。
これが5番勝負、7番勝負となっていけば当然弱い方がタイトルを取るという確率はどんどん下がっていく。まあ人間は機械ではないので疲れるし、挑戦者は挑戦するだけに勢いもあり失うものはない。
ということなんだが・・・・・
ここまでは奪取するにしても防衛するにしてもほとんど危ないようなところはない。「2類相当から5類へ」
切り替わる条件は、毒性の低下、薬の整備、ワクチンの有効性あたりかと思っていましたが、
待ち切れずというかなし崩しというか、条件も揃わないのに前倒しで発射しそうですね。
やはりなし崩しかなあ、
それだけ切羽詰ってしまっているのか、対策の打ち用がなく諦めたのか。
毒性はオミクロンで下がったものの、感染力は手に負えないレベルまで来ていますからね。考え方も難しいんだよね、高齢者にとっては怖い存在だけど、若者からすると大したことないし。
calvaryさん
私の言ってるのはその部分以外に対してです。
>200~300人の中にコロナで死んだ人が何人いるかで決まりますが、
>ハッキリした数字がないので困ります。>死亡者の中にコロナの陽性者がいただけなので実数は半分以下かもしれません。
この部分を「コロナで死んだとは限らない」という意味だと読んだわけです。
癌で亡くなったのに後で調べたらコロナの陽性者でコロナで亡くなったとカウントされた。
基礎疾患が癌でもそれは同じでしょう、コロナに感染しなかったらもっと長く生きられた可能性が高い。
それから「後で調べたらコロナ陽性で」ですけど、病気で亡くなった人って亡くなってからコロナの検査をするの、普通はしないでしょう。
もし検査をしたとすればそれって例外で、コロナ感染の疑いがあった人なんじゃないの?
ということはコロナ感染が原因で亡くなった可能性があった人ってことなんじゃないの?このテーマに関してはこのあたりでやめておきます。
繰り返しているとやりあっていると見られて悪い印象を与えるので。コロナに感染してもほとんどの人は亡くならないし無症状の人までいる。
その一方、コロナに感染した場合高齢者や基礎疾患を患っている人は重症化や死亡する確率が若くて健康体な人と比べると圧倒的に高い。
これが大前提で誰でも知っていること。「コロナ感染」+「体の状態」=症状
コロナの死者数がコロナで死んだとは限らないと思ってる人は、この大前提をもう一度確認した方がいいんじゃないのか。
健康体な人はほとんど亡くならない、亡くなる人には亡くなるなりの身体の傾向がある、というわかりきったことを。>コロナで重症化した人の人数はハッキリしてますが
calvaryさんの理屈だと重症化はしたけどそれがコロナによるものかどうかはわからないってことになるんじゃないの?
なんでコロナの死者ははっきりわからないのに、コロナの重症者はそれがコロナによるものだとはっきりわかるのよ。どちらも「コロナによるものだ」と見立てるからコロナの重症者と発表されるしコロナの死者と発表されるのよ。
calvaryさん
>重症化率が3000人に一人で、その中で死亡者が5人だとすると
>ほとんど重症化しないし、もし重症化してもほとんど死なないと考えれば安心でしょう。凄い見解としか言いようがないですが、それなら毎日亡くなっているのはどこから出てくるのですか?
「あなたは重症だ」といわれるのは3000人に1人(死亡ではなくあくまで重症)
「入院中や療養中など」の方の3000人に5人が亡くなっている。重症者のうちの何割くらいの人が亡くなるのかはわからない。
わからないが計算がしやすいように1割の人が亡くなるとしよう(実際はもっと多いと思うが)
だとすると50人の重症者がいるということになる。
ということは本来50人に対し「あなたは重症だ」と言わなければならないところを、1人にしか言っていないということになる。上の数字で重症化率を3000人に1人の割合とざっくり出したが死亡率だと・・・・・
昨日の全国の感染者数は約17万人だったらしい、その内の300人が亡くなったとして、
300÷170000=0.00176
1000人当たり1.76人だから3000人当たりだと約5人
重症化したとみなされるのは3000人に1人だが、死亡するのは5人だ。後は重症化する人の何割が死に至るのかだが・・・・・
それがある程度推測出来れば実際の重傷者数が推測出来、推測ながら重症化率もわかってくる。「データに見る」
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/entire/
8月31日の重傷者数591人 8月30日の「入院中や療養中など」1.753.226人
ここから重症化率をざっくり計算してみる。
重傷者数を2倍弱の1000人にみたて、「入院中や療養中など」をこちらも2倍より少ない3.000.000人にみたてる。
とすると3000人に1人の割合ということになる。
当然ながら実際は重症化率がそんなに低いわけがない。
ここから重症化の定義がいかにハードルの高い位置にあるかが見て取れる。
現実とこれだけ違いがあればそれは当然結果にも表れる。「国内の重傷者数」のグラフをみると8月31日の重傷者数591人はグラフとしては低いことがわかる。
しかし「国内の死亡者数」は8月31日が338人でこちらのグラフではほぼ最高だ。
これはどういうことか・・・・
「入院中や療養中など」が1.753.226人で、人数が多いだけにこちらから多くの死亡者が出ているということだ。
それはどういうことかというと・・・・
重傷者と見なされなくても死にまで至ってしまう人がかなりいるということだ。
それが全体数が少ない時は目立たなかったが、全体数が増えたためにはっきりわかってきたということ。重症のラインが現実と全くあってないということがこのグラフからわかる。
問題は「これは重症だろう」と思われる割合が実際はどれくらいか、だ。「追記」
検証対象者に対して全員に検査出来る場合は全員に対して感染の検査を行う。
そうすれば陽性者は無症状であろうが陽性と出るわけなので出た陽性者の数で比較する。
厳密にいえば無症状の方が陽性反応は出にくいと推測されるが、
とはいえ無症状の陽性者はワクチンを打った側にも打たなかった側にもいるだろうからデータの取り方としては公平かと思う。上に書かれたドラネコ録画中さんのは、本題とはかなり離れているように私には見て取れるので、わかりやすい例をもう一つ書いて終わろうかと思います。
毎日全国の感染者数が発表されています。
実際は発表者数以外にも「症状があっても検査を受けなかった陽性者」「無症状の陽性者」がいるわけですが、
その人達のことは考慮せず、発表者数の多い少ないだけでも「増えてきた」「減ってきた」「先月の2倍だ」と違いがデータとして分かります。
これが「無症状の陽性者がいるから、数字が増減しても感染者が増えているのか減っているかはわからないよ」にはなりません、発表の数字が増えれば「増えてきた」減れば「減ってきた」と捉えて良いと思います。それは
>ワクチンの考え方で大事なのは、同じ行動を取った中でワクチンを打った人と
>打たなかった人でどれくらいの違いが生じるのかだと思うこのことに関しても全く同じことがいえると思います。
「無症状の陽性者」は考慮にいれず、陽性とわかった人の数だけで比較する。
その数の比較だけでもワクチンの感染抑止効果が現状どれくらいあるのかが分かると思います。デルタかオミクロンかは関係ありません(効果があったというわかりやすい例でデルタを出しただけです)
デルタの時もオミクロンの時も無症状の感染者がいたわけですから。デルタとオミクロンでは感染抑止の効果が違うだけで、無症状の感染者の取り扱い方は同じだと思いますよ。
そこを変えるとデータも不自然になりますから。ドラネコ録画中さん
現在のワクチンはデルタ株にはよく効いて感染の縮小にかなり役立ったといわれています。
そこに無症状の陽性者がいたというのは関係ありません、無症状の陽性者が居ようが感染者数が減れば抑止効果があったと見てとれるわけです。
無症状の陽性者はいても、傾向として数値に差が出れば違うという証になると思います。ちなみに上ので一言追加するけど・・・・・
ネットニュースではそんなことわかってるのよ、あくまでも食いつかせる為のネタだから、インパクトのある作りにしているの。
ネットを見ていたら”夏ドラマで「見るのをやめた作品」”というのがありベスト5が載っていた。
期待外れだった作品ということで理由とともに順位が載っていたが、同時にアンケートのパーセンテージも載っていて5作品で75%。でもこれって「見続けている作品」というアンケートだったとしてもたぶん上位は同じ。
好きなタレントと嫌いなタレントのどちらにも顔だすタレントと同じ、要するに有名ということで、ドラマだったらよく見られているということ。
それを「見るのをやめた作品」と片方からだけアンケートを取ると、いかにも駄作で期待外れだったように映るわけで、この辺りはアンケートの取り方次第ということになる。将棋倶楽部24にもアンケートがあるが、そういうようなアンケートの取り方は見受けられない。
仮に興味のある戦型、興味のない戦型のアンケートを行ったら・・・・・・・・
はっきりわかるのは多く票が集まるのは有名どころの戦法の証だということ。
そして有名どころはどちら側でも多くの票を獲得するということ。なので・・・・・・・
片側からだけのアンケートを取ってはいけない。>接種もね、1回も打たず、かからない人もいれば・・・
>厳重な管理下で4回も打っているのにかかる人もいる、この差は何!?仕事で日々多くの人と接する人とほとんど家から出ないような人。
コロナ感染に関して用心深い人とそうでない人。
接種をして抗体が出来やすい人と出来にくい人。この辺りは代表的な要素だと思う。
ワクチンの考え方で大事なのは、同じ行動を取った中でワクチンを打った人と打たなかった人でどれくらいの違いが生じるのかだと思う。
問いと答えが全くあっていない。
もっとも、問いに答えられないが答えではあったけれど。>オミ対応型 全くの不要。
その流れだと、そういう答えは、事実関係を冷静に追った後に結論として出てくるもの、ということになるのではないのですか。
「国会議員が感染した」という話はほとんど聞かないが公に話が出た議員は何人くらいるのか?
という感じだが総理だと流石に話には出る。たぶん心の中で言ってると思う。
「アイアム ソウリ」女性棋士さん
>大事なのは、そもそも44歩が全て自分の意志で選んだわけではないということだ。
大事なのはパックマン戦法という奇襲戦法があり、クリックミスもあったにしろ意図的の可能性の方がかなり高いということです。
それから2手目の2㈣歩ですが、こちらも意図的に突いた人もクリックミスの人もいたかと思いますが、これは角頭歩戦法の序盤ではありません。
角頭歩戦法は昭和に流行った先手番が使う方法と、平成に流行った後手番が使う方法があります。
先手番ですと▲7六歩△3四歩▲8六歩で米長プロの棋書が有名です。
後手番ですと▲7六歩△3四歩▲2六歩△2㈣歩で関西の西川プロがよく使い一時期隠れたブームになりました。
ですので仮に角頭歩戦法のつもりで2手目に△2㈣歩と突いたとすれば、序盤定跡を知らない人が突いたということでしょう。
ですので2手目△4四歩に比べると圧倒的に少ないはずです。2手目△4㈣歩 全体2227件 有段者347件 級位者1486件
2手目△2㈣歩 全体323件 有段者24件 級位者129件
この数字の差を見れば△4㈣歩においてクリックミスが重要でないことも、△2㈣歩において角頭歩戦法を意図して指された可能性の低いことも一目瞭然です。
当然ながらクリックミスもあったとして仮に△2㈣歩における半分がクリックミスだとして162件
△4㈣歩においても162件がクリックミスだとして1割にも満たない、
そしてミスしたから勝敗がどうのこうのというものでもない。
「中にはクリックミスもあったろうが結果は円グラフのようになった」で十分に統計として活用できる。「パックマン」・・・②
△4四歩を▲同角ととってみた。
対局数は354件なので▲同角と取るのは16%、危険と見て乱戦は避ける傾向にあるようだ。
しかし挑発に乗ったらどうなるのか?
全体、級位者共に先手の勝率が大きく下がっている。
有段者はあまり変わらないからそれ以外ということになるが取るのはかなり勇気がいるということになる。結論
パックマンを仕掛ける方は当然それなりに知識があるので、誘いに乗るにはそれなりの知識がほしい。
知識がなければ誘いに乗らないのが無難。
しかし・・・・・・
有段者は2手目の局面が347件で▲同角の局面が82件
これからするとそんなに誘いに乗っているようにも思えない。
なのに有段者が2手目の段階でこんなに勝率を落としているというのはどういうわけか。
データが少ないこともあるが、それだけではない何かがありそうだ。「パックマン」・・・①
ちょっとパックマンを調べてみた。
▲7六歩△4四歩がパックマンの出だし
対局数が2227件なのでこれが仮に1500件だとすると1000分の1、ということで出現確率は1000分の1ほどは少なくないがかなり少ないことがわかる。
とはいえ2000局を超えているわけでデータとしてはかなり使えるように思う。まだ2手なのでほぼ互角というのは順当なところだが、有段者を見ると先手の勝率がこの時点でかなり下がっているのが興味深い。
それでも全体、級位者をみるとそこはほぼ互角になっている。「局面分析」
色々な活用が見込めそうだが、その中でも私が好きなのは「局面分析」なのでその画面を覗いてみた。
現在約150万局が対象だが今後もっと増やしていくとのこと。
級位者は5級以下、有段者は初段以上、その他も含めると全体となり3つに分かれているのがわかる。初手は7六歩が約93万、有段者が約18万なので約2割、残りの8割が級位者で、5級以下は約48万で約5割、
となるとそれ以外は約3割ということになる。円グラフで見るとどれもほぼ互角なことがわかる、実際はカーソルを当てると具体的な数値が表示される。
onesan24さん
そういうのはトップページにある「苦情相談所」から席主にメールするとよいです。
ちなみに王手放置の判定はほとんど間違えてないから、もう一度確認した方が良いと思うけどね、
例えば桂馬が成ったのが角の王手になってたなんてのはよくあるから。>そもそも論、後手勝率が47パーセントぐらいを推移していないのがおかしい
プロが行うテニスの試合だとサーブ権を持ってる方がとても有利で、それは強烈なサーブをリターンするのが難しいから。
ちなみにこれはサーブ権が2本あり1本はミスしても大丈夫だからで、1本ミスすると次は確実に入れてくることから、2本目はミスを恐れずサービスエースを狙うより確実に入れた方が得だと考えられる。ではこれが一般のアマチュアレベルだったらどうか?
強烈なサーブを持っていなかったらサーブ権を持っていたにしろメリットはないし、ボールを返す方も嫌なところはない。後手勝率が47パーセントぐらいの世界ではこれと同じことが起こっている。
プロレベルになると先手番の得を生かせる序盤知識があるが、先手番の得を生かせないレベル同士が戦ったらどうなるか、そこに先手番の得はない。
後手勝率が47パーセントというのはプロレベルのことで、高段枠といえどプロレベルは将棋倶楽部24では全体のほんのわずかしかいない。
そうなるとその勝率はほとんど反映されないわけで、50%というのは先手の得を生かせない序盤知識の人がほとんどだということを意味している。将棋というのは究極でいうと先手勝ち、先手負け、引き分けの3つしかなくて、後手勝率47%の世界ではない。
現時点でプロ棋界に置いては後手勝率47%であるというだけで、アマチュア棋界ではまだまだ後手勝率50%の世界だ。昨日の全国の感染者数は約20万人、重傷者は550人で死亡者が150人とのことで、この数字について考えてみました。
感染者の1000人に1人が重症化したと仮定すると20万人なら200人
なので重傷者が毎日150人くらい増えるというのは普通に考えれるでしょう。
一方で一日150人死亡するとなると重傷者は一日150人ペースで減ることになります。
150人増えて150人減ると重症者数は550人で変わらず。
ということは・・・・・・
重傷者は4日間重症病棟に居た後に死亡するということになります。
実際はそんなことはないのですが、そうしないと計算が合わなくなります。
実際は重症化してももちろん回復して退院する人も多い。
そのぶん中傷病棟の人が亡くなっているというわけなんですけど。
でもそれにしても・・・・・・
重症化したらかなり命の危険があるというのがこの数字から読み取れるように思います。今「TVタックル」を見ていたら興味深いことを言っていた。
フランスではマスクもしていないしPCR検査もワクチンも特になく、すべては自己責任というレベルになっているとのことだった。
それだけ自由なのだが感染は蔓延状態で、死者は日本の人口にすると30万人ほど亡くなっているらしいです。
日本は3万3千人だからそれだと日本の10倍亡くなっていることになります。
それだけ高齢者や基礎疾患がある人は亡くなりやすくなるのですが、フランスは「社会というのはそういうもんだよね」ということで動いているのです。日本もこれだけ蔓延してしまうとどうしようもないところがあるし、政府も制限には消極的なので感染は蔓延しやすいですよね。
結果として死亡者もどんどん増えていくわけですがこれも仕方がない。
しかし日本人は、マスクもしないしワクチンもPCR検査もしないフランス人とは違うので、それでどれくらい抑えられるか、というところでしょう。
発熱外来もなるべく来ないでで、フランスと同じく「全ては自己責任でお願いします」のレベルまで来ていますけどね。中断判定については色んな要素があり、見方、考え方、重要と思われるポイントなども人それぞれなので、難しいとは思います。
>真面目に指している人が損するシステムではだめだね。
例えば両対局者が真面目に指していて切断が起こったとします。
切断してしまったが為に負けたとしたら「真面目に指していたのに損をした」となってしまいます。
それを避けるには切断が負けにならないようにするしかありませんが、局面が悪いと意図的に切断する悪質な人もいるので、それが負けにならず、今度は切断された側が「逃げられた」という形で損をすることになります。
それで中断判定という形を取っているのですが、「真面目に指している人が損をしないシステム」というのは結構難しい部分もあるなと思っています。私が対局中断で重要だと思っているのは・・・・・
切断の頻度ですね。
安定して切断せずに対局出来る人もいますが、切断の頻度が高くなってしまう人もいます。
なので、なるべく切断しにくいのでやってほしいということですが、ここが頭の痛いところだと思います。
「意図的に通信を切断させない限り中断は起こらない」というくらいに通信が安定していれば「中断即負け」でも良いのですけどね。
なので切断しやすい人も「それを使えば切断しない」というほど負荷の低いものがあれば良いのだけど。女性棋士さん
>無症状で出歩いてた時期に何人に感染広げたやろか?ようわからん。
1人が2人に感染させると2倍のペースで感染者が増えていくわけで・・・・・・
だから1人か2人、でも無症状だから感染させる確率は低く、結果として1人。
何人に感染させたかはいくら考えてもわからないので、それくらいの人数だと思うくらいしかないでしょう。
仕方ないですよ無症状なんだから出歩いても。マカオと東京都では人口が全く違うので、管理のしやすさも違うでしょう。
もっとも東京都であろうがどこかの県であろうがどこかの市であろうが、やっていることはほとんど同じなので、大きいから大変、小さいから楽ということでもないが。日本と中国ではコロナに対する方針がまるで違う。
日本は共存だが中国はゼロコロナ。
色んな活動を制限して封じ込めをしているわけだから国内も活発にならないし生産性も落ちる。
ゼロコロナが正しいとして続けてきた以上今更方針を変更することは出来ない、何故なら方針が間違いだったことを認めることになるから。
そんな見方をしている人も多い。何日か前だがオミクロンに変わって今一番感染者が多いのが日本だということを聞いた。
マスクはしているし、感染回避には気を配っているのにそれはいったいどういうことなんだ?となるのだが・・・・
多分集団免疫なのだろう。
日本はまだまだ感染者が少なかった、それが感染のしやすさにつながっているのだろう。
というくらいにしか思えない。突然だが5÷2はいくつだろうか?
2.5 正解!!
正解だがその答えでは問題を出した意味がない。小学生の算数を解いている、いつから2.5が正解になるのかはわからないが、私の解いた問題では2余り1が正解だ。
5つのアンパンを2人で分ける、2個ずつと残りは半分ずつにちぎったもので2.5。
これが1円玉だったら2円ずつ分けて、残りの1円玉は分けられず余り1となる。
と考えると問題によっては余り1の方が正解に見えてくるものもある。社会人からすると正解が2.5ではなく2余り1になるというのはトリック問題だが、そういう答えもあったことに新鮮な感動を覚える。
「飛車先交換3つの得」だったものが「もっと優先すべきものがあればそちらを優先し、あえて得にはこだわらない」と変わってきた。
正解が2.5ではなく2余り1という人が気付かないような発想。
そのような見方を上手く取り入れられたら、中々上達しないと思ってた壁が案外簡単に壊せるのかも。
なんてことを思ったりしている。政府はこれだけの感染者数になっても規制を発令せず、対応は県独自の判断にお任せするという県に丸投げ政策を取った。
県もここまで政府に求めるような行動を取っていない、第7波でフェーズがはっきり変わったといって良いだろう。感染してしまうリスクに置いては、感染者数が爆発的に増えたことで、感染者に接触する機会がとても多くなってきた。
おまけに感染力がこれまで以上に強いので、今までの対策で良かったものが、そうではなくなって来てもいる。
したがって感染回避にはより気を使わなくてはいけない。感染者数が増えれば当然医療はひっ迫する。
我が県では医療がひっ迫している現状を回避するために、60才以下は検査キッドを使い、受診を控えるようにというお達しが出た。
当然ながら受診を控えた結果不幸な目にというのも起こってくるだろう。
しかしながら医療がひっ迫していたために不幸な目にというのもあるわけだがら仕方のない選択だともいえる。感染者数が増えれば色んなまずいことが起こってくる。
そのまずいことを少しでも食い止めるにはそれなりの規制が必要になってくるし、まずいことによる犠牲も増えてくる。
ならばそうならないように対策をとなるが、現状の感染力ではこれまで日本が取ってきた対策ではどうしようもない。第7波まで来て救いは重症化率が低くなったことだが、日本に置いてはここまでボーっと見て来ただけ。
ボーっと見ていて「予想通り感染者爆発したよね」「予想通り医療ひっ迫が起こってきたよね」って言ってるだけ。
何の進歩もないし、その時のために準備していたというのも何もない。>どうなんでしょうか。
「どうなんでしょうか」は私もたずねたい。
どうみても100人いれば100人が「駄目」と答えそうな問い、
それをたずねてるということはそんな単純な問いかけをしているのではないということか。
それとも答えはわかっているが、想像していた答えと同じものを見て安心したいということでたずねたのか。
それとも本当にわからなくて問いかけているのか。
この他にも色々な可能性がありどれが正確な問いなのかがわからない。
もっとも他の人達にはこれだけで正確に伝わっており、私がわからないだけかもしれないが。相入玉した場合は、点数が足りない方がこれ以上点数が伸びないなと思ったらそこで投了する、というのがこれまでの通例。
入玉宣言法が施行されたのが2013年10月
500手ルールが施行されたのが2019年10月これによって点数が持将棋に満たなくても500手まで行けば持将棋に持ち込めることになったということでOKかな。
ただし、ほとんどの場合途中の段階で入玉宣言法が使える局面になるのでそこで宣言されて決着がつく。ということは、このルールが出来たことで500手を目指されたら点数差も何もなくなり、入玉宣言法が使える局面になるまで差さなければいけなくなったということか。
(ちなみに入玉宣言法って宣言規定を満たしていなかったら宣言をした方が負けになるという、将棋とは違う無茶苦茶な爆弾が仕掛けられているんだよね・・・アマチュア大会ではこの規定が導入されてすぐに、知識が十分にない時点で宣言して規定が満たされず負けになったことがあった)感染力が倍でも対象が100人なら200人だが10000人だと20000人、対象が増えれば当然ながら増える人数も桁違いになる。
この増加は今のところ留まる気配を見せず、どこまで行くんだろう、そしてその時社会はどうなってしまっているのだろうという不安はある。これほどに感染が拡大している理由は大きく3つあるように思う。
①BA5による感染力アップ
②ワクチン効果の減少
③行動の自由化③の行動の自由化に関してはここ二年ほど取りやめていた大きなイベントを今年はということで決行した。
もちろんこんなに感染者が増えるとは思っていなかったわけでが、ここまできて今年も中止ということには今更出来ない、という思いも容易に想像できる。
これは一例だが、日本全国が「感染対策を各自でしながら行動する」を合言葉に色々自由にやってきたのが大きかったように思う。
もちろん、今までならそれで大丈夫だった対策もBA5の感染力が強くてというもの大きかったが。これだけ感染者が増えると心配になって発熱外来に飛び込む人も多い。
だから感染者数が多く表示されるというのもあるが、ここまで一日の感染者数がアップし続けると、そんなことも微々たることなのだろう。
プロ野球もそうだし、相撲なんかも昨日は中入り後4取り組み続けて不戦勝(相撲の場合は濃厚接触者扱いもあったが)
こうやってみると同じような団体が出来るようなスポーツは検査しないだけで凄いことになっているんじゃないか。ノーマル中飛車についての追加だが・・・・
四間飛車や三間飛車に対しての急戦は主に角を狙い、戦いに乗じて飛車先突破を狙うというのが前提としたある。
但しノーマル中飛車の場合は3二金型が玉の囲いは弱くなるものの全体的なバランスとしてはよく、
具体的には居飛車が角の攻めに乗じて飛車先の突破を狙っても3二金のガードがあり中々飛車の侵入は出来ない。
ということで急戦といっても別の攻め方を考えなければならない、というのも攻め方が異なる原因としては大きい。将棋タウンでも同じような書き込みを見たが・・・・・
エルモ囲いに中央が薄いという印象はないが何故に中央が薄いと思うのか?
エルモ囲いは振り飛車に対して急戦を仕掛ける時に用いる囲いで、現在流行りの角交換系の囲いでは使われない。
(そもそも角交換系の将棋では一方的に居飛車から攻め立てる展開にはならない)
よって急戦はノーマル振り飛車に用いられるが、銀で角頭を攻めていった時の振り飛車の対抗措置が良いタイミングで角筋を開けての角交換で切り札となっている。
急戦で用いられる舟囲いは8八の地点が弱くなるが、それをカバーしたのが7九金で、切り札を用いられた時に効果が強くこれがエルモ囲いの一番の肝となる。そこで話を戻すが、ノーマル中飛車は中央に飛車がいるのでそこからの反撃がある。
よってそれを頭にいれながら急戦の攻め方を考えなければならない。
そうなると当然急戦の攻め方も違ってきて、角頭を狙われて振り飛車が切り札の角交換を繰り出すという展開もほとんどなくなってくる。
だとしたら8八の地点を強化する必要もなく、エルモ囲いにする必要もないということになる。ちなみにノーマル中飛車への急戦は3八飛車と寄る戦法や、4六金戦法で、四間飛車や三間飛車で用いる急戦とはかなり異なる。
「免状の価値について思う」
私が「谷川浩司十七世名人襲位記念免状」の文字を見て実際に思ったことですが、免状とはほとんど関係ありません。
物の価値について思ったわけでその引き金となったのがこの文字だったというだけのことです。物の金銭的価値は大きく3つに分かれるように思います。
ひとつは社会に共通する一般的な価値
そして社会的価値はほとんどなくてもマニアの間では高値が付くような物の価値
最後は他人にはほとんど価値がないが自分にとっては高額となりゆるようなものの価値。将棋の免状の場合、社会であってもマニアであってもそんなに価値はないでしょう(例外もあるでしょうが)
でも自分の免状だったらどうか?それはそれなりの価値があるものだと思います。
ではいくらくらいの値段の価値なのか?
それは自分の免状にいくらの値段をつけるかは自分次第。
将棋をやってる人でも、ただの紙切れで1000円でも欲しいとは思わないという人もいれば、
これまでの努力の結晶で金には代えられないほどの価値を持つ人もいる。私は免状ではないが広津九段に書いていただいた色紙が宝物としてある。
県の職団戦の記念大会で、遡る5大会の中で成績優秀者としていただいたものだ。
(1000人くらいの中で対象者は5人だったが私が強かったからではなく、チームがまだ下でたまたま成績が良かっただけ)
事前に書かれたものでとてもしっかりはしているが、とはいえ色紙に書かれたものであり、私以外の人には全く価値のないものだ。
でも私からすると30万円くらいの価値はあるように思う。
いただいたのは20年くらい前だから時の積み重ねの中で価値が増大したという部分も大いにあろうが。将棋の免状の値段に関しては「安い」「普通」「高い」と人それぞれに思い描く値段は違うだろう。
少し長かったが、価値は人それぞれに違う、というのが大事かと思う。新型コロナと人間との戦いは武力による抑止に似ていて、対抗措置を取れば今度は相手もそれを上回るものを持ってくる。
現在の憲法改正論も、ロシアみたいなのが常識を破って攻めてきたらどうするのかということになっている。
相手が銃を持って来たら太刀打ち出来ないからこちらも銃を持ち銃社会が出来る。
銃が至る所にあるから不幸な事件も多発する、だからもっと銃が必要だとなる。
軍備も核も基本的には同じだ。天国と地獄がありどちらも目の前には料理が並んでいるという。
片手は椅子に縛られ、もう片方は長い箸が手に巻き付けられているという。
同じ状態なのに天国の人は身体つきが良いのに地獄の人は瘦せ細っているという。
よく見ると地獄の人は自分の口に運ぼうとして料理を全部落としている。
対して天国の人は長い箸で相手側の人の口に料理を運んであげている。お互いが仲良くやれば軍備に金をかけることなどないのだが、おろかな人がいる以上自分も同じくおろかになって戦うしかないというのが今の多くの考えだ。
人間は本当に愚かで、歴史の中で起こってきた悲惨な状況を今も繰り返している。コロナと人間との戦いも同じで、個々の行動の集合体が現状で、その現状がまた個々の行動を制限している。
地獄はきっとその人の口に誰も料理を運んでくれないから仕方がなしに自分で自分の口に運ぼうとしているのだろう。
新型コロナワクチンの効きが悪くなっている状態で期待もそれほど出来ない上に接種そのものもする人が増えるとはなかなか思えない。
あてにならないから自分の身は自分で守るしかないが、感染者が増えれば当然リスクも高まる。
今の世の中は完全に地獄絵図だ。 -
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